リベラル勢力総結集で政権交代!(268)
《Ken Sway Kenと管理者の【緊急事態条項等、憲法改悪阻止】》
《【佐賀空港:自衛隊共用-認めぬ】「佐賀空港の発展を考える」山口知事の裏切り批判/元町長-江口 善己氏講演会等》
佐賀空港へのオスプレイ配備反対運動が続けられている佐賀市で20日、「佐賀空港の発展を考える」連続講座の第三回目が神野公民館で開催された。佐賀空港のある川副町の元町長である江口善己氏が「九州佐賀国際空港の歴史と今後の課題」と題して講演を行い、約60人の市民が参加した。初めに佐賀空港へのオスプレイ等配備反対地域住民の会副会長の原口氏が挨拶した。「私はオスプレイの配備が計画されている空港から、1.5キロ以内の地区で農業をしている。これまで本当に静かな場所だったが突然オスプレイ配備の話が持ち上がり、地域みんなで反対している」と述べた。そして「これから先の世の中にオスプレイが必要なのか。オスプレイによって日本に真の平和がもたらされるのか。萩でも秋田でも地域がいらないといっているのに国はイージス・アショアを無理矢理配備しようとしている。アメリカとの関係で高額な兵器を買わないといけないのだろうが、国民が平和で安心して安全に過ごせるようにするのが政府の仕事だ。最初は5、6人で始めた反対運動だったが、今ではドンドン、メンバーも増えている。これからの反対運動の方向性として、ただ反対するだけでなく佐賀空港を国際空港として発展させていくことでオスプレイを排除していきたい。佐賀県を絶対に戦場にしてはいけない。オスプレイが来た後には必ず海兵隊が来る。子や孫のためにも戦場にならなくてよかったという佐賀県を残したい」と思いを語った。
その後、江口氏が「九州佐賀国際空港の歴史と今後の課題」と題する講演を行った。
佐賀空港は約50年前に建設の構想が打ち出されたが、当時問題となっていた水俣の水銀汚染や相次ぐ航空機事故、自衛隊との共用を懸念した漁民など住民の反対により二度、頓挫している。一度は建設促進決議を行う予定だった川副町議会に、1500人の漁民が詰めかけて議会は中止となった。そして紆余曲折を経て、平成2年に関係8漁協と県が公害防止協定を結び、平成5年に建設工事が始まった。その中で漁民からの「佐賀空港は、いずれ絶対に自衛隊との共用になる」という意見に対し、県が「絶対にそんな事は有り得ない。私達を信用してほしい」ということで一筆書くことになった。それが公害防止協定と覚書、付属資料だ。覚書付属資料の中には「覚書に『自衛隊との共用はしない』旨を明記されたい」に対して「(県の考え)県は佐賀空港を自衛隊と共用するような考えを持っていない。また、この事は協定第3条の“空港の運営変更”にもなる事であり、当然に“事前協議”の対象となるものであると考える」とはっきり書かれている。平成22年には佐賀市議会、佐賀県議会が「普天間飛行場の佐賀空港への移設に反対する決議」をそれぞれ満場一致で採択した。そこには公害防止協定で「自衛隊と共用する考えは持っていない」と明記している事にも触れている。
しかし平成26年に集団的自衛権が閣議決定されると、ここから様子が変ってきた。
普天間飛行場の佐賀空港移設に反対していたはずの人達も「国防には協力しなければ」「沖縄の負担軽減」等といい始めた。しかし佐賀県民はオスプレイ配備に賛成していた元武雄市長の樋渡氏ではなく、「佐賀県の事は佐賀県で決める」といった山口知事を選んだ。
3年前に川副町で開かれたオスプレイ配備反対の決起集会には1500人もの人々が集まった。
そのような中で昨年8月24日に山口知事が突如オスプレイの受け入れを表明した。「自衛隊との共用はしない」というあの約束は、どうなったのか。また「事前協議を行う」という協定すら守られていない。このような事が許されるはずがない。知事と自民党との関係もあるようだが、一度選挙に勝って県知事になってしまえば、後は自分の保身しか考えていないと批判した。最後に江口氏は「当時を知っている人は、もう殆どいなくなってしまった。
だから私は当時を知るものとして、どのような歴史で空港が造られたのかを知らせるのが義務だと思っている。今後、皆さんと一緒に空港について考えていきたい」と述べた。
その後、質疑応答・意見交流が行われた。多久市から来た男性は「私は、このような問題に興味をもっているが、佐賀空港から離れた多久市では、このような話題が出る事は殆どない。私は戦争で兄を失っているが、二度と戦争を起こしてはならないという強い気持ちでいる。佐賀のオスプレイ配備は、沖縄の負担軽減ではなく新たな基地の増強だ。この根源は米軍だと思う。なぜ日本の政府がアメリカに帰れといえないのか。一度オスプレイが来てしまうと絶対にその後はアメリカが来る。政府は来ないといっているが、来ないわけがない。子供や孫の事を思うと、今私達一人一人が反対しなければならない」と語った。
別の女性は「多くの人がオスプレイには反対しているが、誰かが反対運動をしてくれるだろうと頭のどこかで思っている。だから私は計画が発表された当初から反対運動を続けている地元の方々に本当に感謝している。今、日本全国で沖縄のような基地化が進んでいる。
神埼でもヘリが墜落したが、その1週間後には、また飛んでいた。今後説明会等が進む川副町の地権者の人達と手を携えて一緒に反対していきたい」と述べた。(長周新聞)
《【奴隷的「裁量労働」】3年で身も心もぼろぼろに:裁量労働が強いた長時間労働》
残業時間は月に170時間超―異常なまでの長時間労働が、ある若い女性の心身を追い込んだ。長時間労働が常態化した職場で、若手の女性は上司や先輩にも相談できなかった。
適応障害を発病し、中央労働基準監督署が労災を認定。5月13日に労働組合「裁量労働制ユニオン」の坂倉昇平代表らに付き添われ、都内で記者会見した女性は、時折声をかすれさせながら、「ようやく自分は悪くなかったのだ、と言われたような気がして、ホッとしました」と語った。ユニオンによると、中央労基署は、女性が適応障害を発病する2カ月前から6カ月前の間に、毎月41時間30分~131時間45分の残業をし、直前の1カ月間には173時間15分残業していたと認めた。
<一発で基準超え>
厚生労働省の基準では、精神疾患の発病直前の1カ月間で160時間以上の残業をする等していた場合、業務による「強い心理的負荷」があったとして、労災が原則認められる。
女性の残業173時間は「(基準を)一発で超えていた」(ユニオン)。
大学・大学院で約6年間、建築の勉強をした女性は2015年4月、プランテック総合計画事務所(東京)に新卒で入った。建物全体の意匠を考える建築設計の仕事を始め、入社3カ月目には残業時間が月100時間を超えていた。建築専攻の女性は4年前、期待に胸を膨らませ建築設計事務所に入った。待っていたのは生命に関わるほどの長時間労働。
「過労死ライン」を超える残業をしながら、女性は「私が悪い」と自分を責め続けた。
なぜ長時間労働が続いたのか。背景には会社が導入していたある制度があった。
女性のタイムカード等を基に、その後の働き方をみると―。26日間連続勤務▽1日22時間半勤務(休憩2時間)▽9カ月連続で残業が月100時間超▽月180時間残業▽泊まり込み2日間で30時間勤務。あまりに過酷な残業や休日出勤を重ねた姿が浮かぶ。
職場で働いた3年3カ月の期間の内、約7割にあたる2年3カ月で月80時間超、約6割で月100時間超の残業をした計算になるという。月80~100時間超の残業は脳や心臓の疾患に繋がる虞がある「危険水準」で、「過労死ライン」とも呼ばれる。
<理由もなく涙が>
やがて女性には異変が起こった。パソコン等で作業をしていると突然、理由もなく涙が出るようになった。次第に酷くなり、会議室で人目を盗んで涙を流した。
徹夜の作業が続く中、無理にものを食べ続け、なんとか睡魔をごまかした。
それなのに寝ようとすると、うまく寝付けなかった。「今までの人生で起きたことがないことが起きる」日々。心身の不調に悩まされるようになった。だが職場では長時間労働を耐え抜いてこそ「一人前」という雰囲気を感じた。先輩達は「俺はこれだけ働いた」等と自らの長時間労働の経験を武勇伝のように語り合い、「不幸自慢」が常態化していた。 「むちゃくちゃな労働時間だ」。ユニオンの三浦かおりさんは1年前、女性からの相談に驚いた。
女性はあるストライキのニュースを見て、自分も労働組合に相談できるだろうかと調べ、ユニオンに行き着いた。ユニオンの勧めで病院に行くと、医師は直ぐに入院を指示した。
<「会社って休めるのだ」>
長時間労働に嵌り込んでしまう人達は、責任感の強い人が多い。入院させ、強制的に職場から引き離す事もあるという。女性は医師と「もう会社には行かない」と強く約束し、入院はせず昨年6月に休職した。その時にはこう思ったという。「会社って休めるのだ」
大手人材サービスのパーソル総合研究所の小林祐児主任研究員によると、残業が根付く職場は「帰りにくい同調圧力」が強い。特に若手の20代の社員は、50代の社員の2倍近くこのプレッシャーを感じ、長時間労働に陥りやすいという。この女性も「周りは、この働き方に耐えているのに、なぜ私はうまくできないのだろう」と悩んだ。異常な長時間労働も「新卒で入った会社だっただけに、こうした働き方が当たり前なのだろうと思い込んでいた」という。小林研究員は「日本企業は新卒を一から育ててくれるため、新入社員が会社に恩義を感じやすく、働き方に対して合理的な判断がしにくくなる面がある」と話す。
<残業の背後にあった制度>
長時間残業は本来、会社側にとって残業代の支払いが大きな重荷になる。
だが実際に女性が手にしていたのは、「1日あたり8時間」働いた場合の基本給と一定の時間外手当。膨大な残業時間には全く見合っていなかった。何故こんな事が起きたのか。
ユニオンによると、会社は女性に「専門業務型裁量労働制」を適用していた。
専門性が高く、仕事のやり方や労働時間の配分を会社や上司が細かく指示するのが難しい業務を念頭に創られた「安倍-奴隷的働かせ改革」制度の一つだ。
適用されると、実際に働いた時間に関わらず、労使が合意した「みなし時間」を働いたことになり、それに見合った賃金しか払われない。深夜勤務や休日出勤を除けば、残業代は出ない。適用された従業員は、自分の判断で早めに帰るといった「裁量」がなければならない。そうでないと、事実上の「ただ働き」をすることになってしまう。
この女性には、自分の働き方を自分で決められるだけの裁量があったのだろうか。
<上司の指示で徹夜>
「明日までやるように」ある日の夜。女性が上司から業務上の、こんな指示を受けたのは、午後10時だった。深夜勤務や徹夜の作業をせざるを得なくなった。設計図面等をCG画像で作っても、上司や社長に何度もやり直しを命じられ、結果的に長時間労働をせざるを得なかったこともあった。入社1年目から裁量労働制を適用されたが、まだまだ経験の浅い新入社員。上司との打ち合わせや意見を基に動かざるを得ず、「裁量があると思えない働き方」(ユニオン)だった。女性は家族や友人にも自身の処遇について殆ど相談ができなかった。
「信じられないような残業をしながら、残業代も払われないという状況そのものが、とても恥ずかしかった」専門型裁量労働制は、法令で19の業務に限定されており、一定の条件を満たした場合に導入が認められる。会社は、この19業務の一つである「建築士の業務」を女性が行っているとして、裁量労働制を適用していた。
<和解でも晴れぬ気持ち>
「建築士」とは、1、2級建築士の資格を持つ人のこと。しかし女性は資格を持っていなかった。ユニオンは「そもそも制度を適用する対象として、この女性は適切ではなかったのでは」とみている。こうした経緯も踏まえ、休職後、女性はユニオンに加入。
未払い残業代の支払いや長時間労働の改善を求めて団体交渉を持ち、今年4月「納得のいく内容」で和解に至った。プランテック総合計画事務所は5月14日、社長名で「労災の認定がなされたこと、弊社として真摯に受け止める」等とするコメントを発表した。
同社によると、長時間労働の改善に向けた議論は以前から続けていたが、一連の問題も踏まえ、昨年10月に裁量労働制を廃止。実際に働いた時間に応じた労働時間管理を進め、フレックスタイム制の導入や午後10時以降の勤務や休日出勤も制限した。「平均残業時間が大きく減少する等、一定の成果がみられる」という。だが女性の気持ちは晴れない。
「何故もっと早く改善をしてくれなかったのか。私が勤めた3年間は、何も変わらなかった。一人の社員の心身をぼろぼろにした事を忘れないでほしい」
<定額働かせ放題>
ユニオンには、裁量労働制の導入に伴う労働者からの相談が増えている。
コスト増を嫌う企業が、抜け道的に裁量労働制を導入している可能性があるという。
法政大の上西充子教授(労働問題)は「みなし労働時間を導入する裁量労働制は、適用された人が『定額働かせ放題』になる問題を孕む。だが、その乱用を防ぐ事は難しい。
働く側ではなく、働かせる側にとって『柔軟』な制度になっている」と懸念する。
その上で「健康被害が出る可能性がある以上、せめて(終業から始業までに一定の休息時間を確保する)『勤務間インターバル制度』の導入を法律であわせて求めるべきだ。でないと働かせすぎを防げない」と指摘する。なお労働問題の相談業務は本ブログ『リベラル広場』管理者-民守も実費を除いて無料で行っている。(基本文献-朝日新聞デジタル/管理者:部分編集)
《【引き裂かれた大地】南京大虐殺-証言集》
<南京城付近等の「南京大虐殺」-中国民間人の証言>
【証言2-2「中国民間人-伯翠蒋:南京戦当時-朝天宮、上新河】
◎日本軍が南京占領。同日、私達が避難していた上新河にも侵攻。父が池へ水に汲みに行ったところ、日本兵が狙撃。即死だった。私達-母と私が父の所へ駆け寄ろうとすると、母も撃たれ即死した。私も撃たれ、左肩を打ち砕かれた。当時、私は11歳。痛くて地面に転がり込み、叫びこみましたが、助ける人は誰もいなかった。治療する事もできず、化膿してきて、悪臭までするようになった。今でも左肩が上がらず、とても不憫です。
◎日本兵が引き上げた後、御祖父さんが帰ってきて、大変、驚いたが、やむなく父の遺体を埋めようとすると、また日本兵が来て、いきなり御祖父さんを銃剣で殴り、御祖父さんは脳みそが出て、その場で倒れて死んだ。
◎身寄りを失った私は、祖母と叔父夫婦の家に引き取られた。そのおばさんは妊娠7カ月。
洗濯物を取り入れようと外へ出たところを日本兵に見つかり、襲いかかってきた。
◎おばさんは家のベッドに隠れたが、遂に見つかり日本兵達に輪姦された。
◎叔父さんが、おばさんを助けようとしたら、その場で日本兵に銃剣で殺された。
◎おばさんも高熱を出し、流産し、出血で間もなく死んでしまった。
◎私は、その後、母の妹に引き取られた。母の妹の夫は、日本兵に見つかり、短髪にしていた事で「中国兵じゃないか」と疑われ、四人の日本兵がおじさんを素っ裸にして板の上に縛られ、次々と銃剣で突かれ、殺されてしまった。叔母さんは、その惨い仕打ちを見て、次は強姦を恐れて自殺してしまった。こうして私は家族・赤ん坊も含む親戚-全てを失い、乞食になって、かろうじて生きてきた。
◎私は日本軍国主義を、とても恨んでいる。今でも日本の人達の中には、こうした残忍な行為を否定する人達もいると聞く。何故ですか?昔の事を否定するという事は、また、あの残忍な戦争を、また起こそうと思っているのではないですか。
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《大軍拡は戦争への道!全国集会》
◎主催:止めよう改憲!おおさかネットワーク/中北法律事務所
(大阪市北区西天満4-6-19北ビル2号館402号:電話06-6364-0123)
SORA(大阪市中央区内淡路町1-3-11シティコープ上町402:電話06-7777-4935)
◎2019年6月16日(日)開会14時(開場13時30分)
◎場所:エルおおさか本館視聴覚室(大阪市中央区北浜東3-14)
●Osaka Metro(旧大阪市営地下鉄)谷町線・京阪天満橋2番出口より徒歩約670m)
◎メイン講演「自衛隊の『災害救助』から憲法を考える」
講師:島本 慈康子さん(ジャーナリスト)
◎市民からのアピール
①白井 美喜子さん(米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会)
②大森 正子さん(辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動)
③小久保 哲郎さん(弁護士)
◎資料代:800円(学生半額・介助者無料)
《ブログ「リベラル広場」では次の事業も行っています。》
①職場(仕事)における労働・人権相談(ハラスメント・メンタルヘルス等、含む)
*大阪府労働相談経験10年以上。*産業カウンセラー資格、有り。
*但しメンタルヘルスの場合、もし心療内科等に受診されている場合、または、その受診の方が望ましい場合は、当該医師の指導を優先し、カウンセリングを断る事もありますので予めご了承ください。【費用:交通費等、実費+α(委細相談)】
②「企業内人権研修」等の講師派遣も行います。【但し有料(2万円程度-委細相談)】
③採用コンサルタント。
*出版実績:『公正採用と採用選考・応募と人権のハーモニー』絶賛発売中!
(求人・就職活動中の方には必見!)
◎なお寄せていただく相談意見等は、とりあえず全てEメールで送信してください。
<送信先Eメールアドレス>yutan0571@yahoo.co.jp(なおツイッターでの投稿は①匿名性が高いこと、②ウイルス対策上等、業者助言により一切、開封・受付いたしません。)
(民守 正義)
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