「憲法審査会-違憲」後の動向(14)
「憲法審査会-違憲」後の動向(14)
【集団的自衛権‐違憲?合憲?】
「戦争関連法案」を審議する衆議院特別委員会で参考人質疑が行われ、学識経験者から「限定的な集団的自衛権の行使容認で、憲法の許容範囲だ」という意見が出された一方で「限定的と称するものを含めて従来の政府見解とは相容れず、憲法に違反する」という意見が出された。この中で野党が推薦した慶応大学;小林名誉教授は「この戦争法案は憲法に違反し、政策としても愚かで廃案にすべきだ。政府は、憲法は自国を守るために必要最小限のことはでき、必要最小限の判断は国際情勢によるとしているが、これは事実上、無限定の判断基準になっており程度・量の問題だけに矮小化されている」と述べた。野党が推薦した阪田元内閣法制局長官は「安倍総理が集団的自衛権の行使事例として挙げているホルムズ海峡の機雷封鎖は、どう考えても、我が国の存立を脅かし、国民の生命や幸福追求の権利を根底から覆す事態に至りようがない。中東有事にまで集団的自衛権の出番があると限定的でも何でもなく、我が国の利益を守るために必要と判断すれば行使できると言っているのに等しく到底、従来の政府解釈の基本的な論理の枠内であるとは言えない」と述べた。
自民党が推薦した西駒澤大学名誉教授は「個別的自衛権にしろ、集団的自衛権にしろ、その行使は国際社会の平和と秩序を実現するという憲法上の要請に基づき政策判断上の問題だ。政府は国際平和の推進、国民の生命・安全の保持のため、最大限の方策を講ずる義務を負っている。法案は武力行使の新3要件など、限定的な集団的自衛権の行使容認で、明白に憲法の許容範囲だ」と述べた。
野党が推薦した宮崎元内閣法制局長官は「政府当局者は、自国を守るための集団的自衛権と、それ以外を分け前者は合憲、後者は違憲と言っている。しかし自国防衛と称して攻撃を受けていないのに武力行使をするのは、先制攻撃そのものだ。集団的自衛権の行使容認は、限定的と称するものを含めて、従来の政府見解とは相いれないもので、憲法9条に違反しており、速やかに撤回すべきだ」と述べた。公明党が推薦した森本元防衛大臣は「現状と将来の安全保障環境の中で国の存立、国民の安全を効果的に守るために、周辺諸国の脅威に対応する十分な体制は、今の法体系では、必ずしもできていない。同時に日米同盟は、日本の安全保障の基盤であり、アメリカの政策を同盟国としてどのように補完し、抑止と対応能力をつけることができるかが、この法制の抱えている最も重要な命題だ」と述べた。
《「憲法審査会-違憲(6月5日)」以降のあれこれ⑧》
<安倍首相が「戦争法制」違憲論にインチキ反論!
「日本人の命を守るためには『戦争法制』が不可欠」
憲法審査会に呼ばれた憲法学者3名が揃って「違憲」と判断した「戦争法制」だが、この人は相変わらず聞く耳をもっていないらしい。安倍首相は8日、ドイツーG7サ ミット後の会見で「戦争法制」について質問を受け、冒頭のように必要性を強調。さらに「憲法解釈の基本的論理は全く変わっていない」と、あらゆる論議を無視して「合憲」を主張した。しかも呆れるのは次の一言だ。「この基本的論理は砂川事件に関する最高裁判決の考え方と軌を一にするものだ」
出た!砂川判決「合憲」論。安倍首相は昨年の集団的自衛権行使容認の際にも砂川事件の最高裁判決を「合憲」の根拠としたが、今回は加えて自民党が党内議員に配布した「違憲」判断に反論する文書でも「憲法判断の最高の権威は最高裁」と記し、砂川判決を基に「集団的自衛権の行使は憲法に反するものではない」と主張している。だが砂川判決を「合憲」の根拠にすることには、憲法学者や弁護士といった専門家達から「無茶すぎる」と批判が殺到している。それもそのはずで、そもそも砂川事件とは、在日米軍基地に基地拡張を反対するデモ隊の一部が数メートルほど立ち入ったことで逮捕され、日米安保の「刑事特別法違反」で起訴された事件。これに対し弁護側は米軍の駐留が憲法第9条が禁じた「戦力の保持」にあたると主張した。
最高裁判決では結局、弁護側の主張は却下され、デモ隊は有罪になったが、この裁判で争点となったのは“米軍の駐留と旧安保条約は憲法9条に適合しているか”ということで、日本の集団的自衛権行使とは全く関係のない裁判なのだ。
それどころか砂川判決では、米軍の駐留を肯定するために「憲法9条2項が保持を禁止した戦力とは(中略)わが国自体の戦力を指し」との件もあり、自国の戦力保持禁止を謳っている。この判決文を素直に読めば自衛隊自体を否定しなければならない。
それを自分達の都合のいい部分だけを抜き出し、別の意味に解釈しているのだから、安倍首相の主張は乱暴極まりないが、更に砂川判決をもち出すことには、もう一つ大きな問題がある。
というのも、この砂川事件は第一審の東京地裁で【安保条約に基づく米軍の駐留を憲法9条によって禁止される「戦力の保持」にあたるとして「違憲」という判決を受けていた】(裁判長の名をとって「伊達判決」と呼ばれている)。ところが検察は高裁を飛ばして最高裁に跳躍上告。最高裁は一転、米軍は「戦力」に当たらないとし、「(9条によって)我が国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではない」という判決を下した。実は最高裁による、この逆転判決の裏には“日本政府とアメリカの介入”が指摘されているのだ。
その事を明らかにしたのは2013年に出版された『砂川事件と田中最高裁長官』(布川玲子、新原昭治・編著/日本評論社)。同書によれば、米軍駐留を「違憲」とした伊達判決が出た翌日にあたる1959年3月31日の午後、東京・アメリカ大使館のマッカーサー2世駐日米大使からワシントンにある国務省のジョン・フォスター・ダレス国務長官へ一通の秘密電報が発信されたという。
アメリカ政府解禁秘密文書の秘密区分で「極秘」に指定されているこの文書は、以下のように始まる。
〈(私、マッカーサーは)今朝8時に藤山(愛一郎・外務大臣)と会い「米軍駐留と基地を日本国憲法違反とした東京地裁判決」について話しあった。私は日本政府が迅速な行動をとり、東京地裁判決を正す事の重要性を強調した。私は、この判決が藤山が重視している安保条約についての協議に複雑さを生み出すだけでなく、4月23日の東京、大阪、北海道その他での極めて重要な知事選挙を前にした重大な時期に、国民の気持ちに混乱を引き起こしかねないとの見解を表明した。〉
当時、米国務省も国防総省も伊達判決にコメントするのは「不適切」とマスメディアに語っていたが、実際には、伊達判決の直後から密かに外交工作を行っていたことが、この秘密電報の文面から解る。
しかもマッカーサー大使は藤山外相に、論議が長引けば〈左翼勢力や中立主義者らを益するだけ〉と戒め、跳躍上告することを促している。これに藤山外相は〈全面的に同意〉。事実、この藤山外相とマッカーサー大使の面会からわずか3日後には跳躍上告が決まっている。
その日のマッカーサー大使から国務省への「秘」電報には、このように書かれている。
〈外務省当局者が我々に語ったところによると、法務省は近く最高裁に提出予定の上告趣意書を準備中だという。(中略)政府幹部は伊達判決が覆されることを確信しており案件の迅速な処理に向けて圧力をかけようとしている。〉この時点で「日本政府幹部が司法に「圧力」をかけていると、マッカーサー大使は外務省から聞かされている」という訳である。
しかし何故、まだ跳躍上告の準備中にも関らず政府は「伊達判決が覆されることを確信」していたのか。その背景は4月24日にマッカーサー大使が国務長官に宛てた「秘」 公電を見れば明らかになる。〈(判決の時期について)内密の話合で田中最高裁長官は大使に、本件には優先権が与えられているが、日本の手続きでは審理が始まった後、判決に到達する前に、少なくとも数ヶ月かかると語った。〉なんと最高裁での逆転判決の鍵を握る裁判長・田中耕太郎長官自らが、マッカーサー大使と「内密」に談合を行っていたのである。改めて言うまでもなく、評議による裁判中の情報は秘密にしなくてはならない(裁判所法第75条)。しかし田中裁判長は、その後もアメリカ側と度々、密会を重ね情報をリークしていたのだ。その漏洩内容は恐るべきものだ。同年8月3日に米大使館から国務長官宛てに発信された書簡が、その一部を物語っている。
〈共通の友人宅での会話の中で、田中耕太郎裁判長は、在日米大使館主席公使(引用者註:マッカーサー大使のスタッフだったウィリアム・K・レンハート公使のこと)に対し砂川事件の判決は、おそらく12月であろうと今考えていると語った。弁護団は、裁判所の結審を遅らせるべくあらゆる可能な法的手段を試みているが、裁判長は、争点を事実問題ではなく法的問題に閉じ込める決心を固めていると語った。
裁判長は、結審後の評議は実質的な全員一致を生み出し、世論を“揺さぶる”素になる少数意見を回避するようなやり方で運ばれることを願っていると付言した。〉
田中裁判長は、裁判の争点を直接的背景である日米安保条約における危険性の論議から逸らして法律解釈の問題に限定することで、速やかに結審を下す旨まで報告していたのである。
岸信介内閣が秘密裏に進めてきた安保改定の条約調印は60年1月19日。最高裁判決は59年12月16日に田中裁判長自身が言い渡している。安保改定の反対運動が盛り上がる前に「違憲判決」を覆しておきたかったのだ。しかもである。田中裁判長は判決1カ月前にもマッカーサー大使と密談し、その会話の中で伊達判決の明確な否定と米軍駐留に合憲判断によってお墨付きを与えることまで公言していたことが、米大使館から国務長官に宛てた極秘書簡によって明らかになっている。
〈田中裁判長との最近の非公式会談の中で、砂川事件について短時間話し合った。田中最高裁長官は、下級審の判決が支持されていると思っている様子は見せなかった。それどころか反対に、それは覆されるだろうと思っている印象だった。しかし重要なのは15人の内のできるだけ多くの裁判官が、ここに含まれる憲法上の争点につき裁定する事だという印象を私は得た。この点に伊達判事が判断を下したのは、全く誤っていたのだと彼は述べた。〉
更に驚くべき事は、外務省はアメリカ側に裁判で弁護団にどのように反論すべきかまで相談をしていることだ。この事について詳述しているのは、昨年発売された『検証・法治国家崩壊』(吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司/創元社)だが、同書によれば、最高裁での弁護側の答弁書には、日米安保による米軍の駐留と基地使用によって日本が直接関係のない武力紛争に巻き込まれる危険性が指摘されていた。これに対して検察側は、審理が不利にならぬよう、軍事行動のための基地使用の事実を否定する必要があった。そこで最高検察庁から弁護団の指摘を聞いた外務省は、マッカー サー大使に相談。米解禁文書から発掘された文書には〈ときに応じて日本の海軍施設を使うかもしれないが、日本の国内とその付近に配置された米軍とは見なされないし、日本を基地とするものではないということである〉という苦しい言い逃れが書かれている。また、こうした中でアメリカの国務長官の指示どおりに検察が虚偽の弁論を行ったこと等も「秘」公電によって判明しているのだ。このような密接なやりとりの果てに、田中裁判長は米軍の駐留を「違憲」とした伊達判決を覆した。
そう!全てはアメリカと、その顔色を窺う日本政府のために。事実、判決の翌日にマッカーサー大使は田中裁判長の〈手腕と政治的資質〉を激賞する「秘」公電を国務長官に送っている。これらはアメリカの情報自由法に基づいて開示された秘文書に記録されている、紛れもない“事実”だ。この公正ではないと明白になっている裁判の判決を、安倍首相は今「戦争法制」が「合憲」であることの根拠としているのである。もはや茶番劇のような展開だが、笑うに笑えないのは、当の安倍首相本人は「これで押し通せる」と信じていること。逆を言えば、それほど国民はバカにされているのだ。
ならば国民は突き返すべきだろう。「ふざけるな、お前のようなバカと一緒にするな」と。
*なお今後とも、本稿「『憲法審査会-違憲』後の動向」は随時、継続的に掲載します。
《6月22日「国会審議」状況等》
<衆議院平和安全特別委員会-参考人質疑>
<衆議院平和安全特別委員会-参考人質疑>
【集団的自衛権‐違憲?合憲?】
「戦争関連法案」を審議する衆議院特別委員会で参考人質疑が行われ、学識経験者から「限定的な集団的自衛権の行使容認で、憲法の許容範囲だ」という意見が出された一方で「限定的と称するものを含めて従来の政府見解とは相容れず、憲法に違反する」という意見が出された。この中で野党が推薦した慶応大学;小林名誉教授は「この戦争法案は憲法に違反し、政策としても愚かで廃案にすべきだ。政府は、憲法は自国を守るために必要最小限のことはでき、必要最小限の判断は国際情勢によるとしているが、これは事実上、無限定の判断基準になっており程度・量の問題だけに矮小化されている」と述べた。野党が推薦した阪田元内閣法制局長官は「安倍総理が集団的自衛権の行使事例として挙げているホルムズ海峡の機雷封鎖は、どう考えても、我が国の存立を脅かし、国民の生命や幸福追求の権利を根底から覆す事態に至りようがない。中東有事にまで集団的自衛権の出番があると限定的でも何でもなく、我が国の利益を守るために必要と判断すれば行使できると言っているのに等しく到底、従来の政府解釈の基本的な論理の枠内であるとは言えない」と述べた。
自民党が推薦した西駒澤大学名誉教授は「個別的自衛権にしろ、集団的自衛権にしろ、その行使は国際社会の平和と秩序を実現するという憲法上の要請に基づき政策判断上の問題だ。政府は国際平和の推進、国民の生命・安全の保持のため、最大限の方策を講ずる義務を負っている。法案は武力行使の新3要件など、限定的な集団的自衛権の行使容認で、明白に憲法の許容範囲だ」と述べた。
野党が推薦した宮崎元内閣法制局長官は「政府当局者は、自国を守るための集団的自衛権と、それ以外を分け前者は合憲、後者は違憲と言っている。しかし自国防衛と称して攻撃を受けていないのに武力行使をするのは、先制攻撃そのものだ。集団的自衛権の行使容認は、限定的と称するものを含めて、従来の政府見解とは相いれないもので、憲法9条に違反しており、速やかに撤回すべきだ」と述べた。公明党が推薦した森本元防衛大臣は「現状と将来の安全保障環境の中で国の存立、国民の安全を効果的に守るために、周辺諸国の脅威に対応する十分な体制は、今の法体系では、必ずしもできていない。同時に日米同盟は、日本の安全保障の基盤であり、アメリカの政策を同盟国としてどのように補完し、抑止と対応能力をつけることができるかが、この法制の抱えている最も重要な命題だ」と述べた。
《「憲法審査会-違憲(6月5日)」以降のあれこれ⑧》
<安倍首相が「戦争法制」違憲論にインチキ反論!
日米密約の「砂川判決」もちだす卑劣さ>
「日本人の命を守るためには『戦争法制』が不可欠」
憲法審査会に呼ばれた憲法学者3名が揃って「違憲」と判断した「戦争法制」だが、この人は相変わらず聞く耳をもっていないらしい。安倍首相は8日、ドイツーG7サ ミット後の会見で「戦争法制」について質問を受け、冒頭のように必要性を強調。さらに「憲法解釈の基本的論理は全く変わっていない」と、あらゆる論議を無視して「合憲」を主張した。しかも呆れるのは次の一言だ。「この基本的論理は砂川事件に関する最高裁判決の考え方と軌を一にするものだ」
出た!砂川判決「合憲」論。安倍首相は昨年の集団的自衛権行使容認の際にも砂川事件の最高裁判決を「合憲」の根拠としたが、今回は加えて自民党が党内議員に配布した「違憲」判断に反論する文書でも「憲法判断の最高の権威は最高裁」と記し、砂川判決を基に「集団的自衛権の行使は憲法に反するものではない」と主張している。だが砂川判決を「合憲」の根拠にすることには、憲法学者や弁護士といった専門家達から「無茶すぎる」と批判が殺到している。それもそのはずで、そもそも砂川事件とは、在日米軍基地に基地拡張を反対するデモ隊の一部が数メートルほど立ち入ったことで逮捕され、日米安保の「刑事特別法違反」で起訴された事件。これに対し弁護側は米軍の駐留が憲法第9条が禁じた「戦力の保持」にあたると主張した。
最高裁判決では結局、弁護側の主張は却下され、デモ隊は有罪になったが、この裁判で争点となったのは“米軍の駐留と旧安保条約は憲法9条に適合しているか”ということで、日本の集団的自衛権行使とは全く関係のない裁判なのだ。
それどころか砂川判決では、米軍の駐留を肯定するために「憲法9条2項が保持を禁止した戦力とは(中略)わが国自体の戦力を指し」との件もあり、自国の戦力保持禁止を謳っている。この判決文を素直に読めば自衛隊自体を否定しなければならない。
それを自分達の都合のいい部分だけを抜き出し、別の意味に解釈しているのだから、安倍首相の主張は乱暴極まりないが、更に砂川判決をもち出すことには、もう一つ大きな問題がある。
というのも、この砂川事件は第一審の東京地裁で【安保条約に基づく米軍の駐留を憲法9条によって禁止される「戦力の保持」にあたるとして「違憲」という判決を受けていた】(裁判長の名をとって「伊達判決」と呼ばれている)。ところが検察は高裁を飛ばして最高裁に跳躍上告。最高裁は一転、米軍は「戦力」に当たらないとし、「(9条によって)我が国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではない」という判決を下した。実は最高裁による、この逆転判決の裏には“日本政府とアメリカの介入”が指摘されているのだ。
その事を明らかにしたのは2013年に出版された『砂川事件と田中最高裁長官』(布川玲子、新原昭治・編著/日本評論社)。同書によれば、米軍駐留を「違憲」とした伊達判決が出た翌日にあたる1959年3月31日の午後、東京・アメリカ大使館のマッカーサー2世駐日米大使からワシントンにある国務省のジョン・フォスター・ダレス国務長官へ一通の秘密電報が発信されたという。
アメリカ政府解禁秘密文書の秘密区分で「極秘」に指定されているこの文書は、以下のように始まる。
〈(私、マッカーサーは)今朝8時に藤山(愛一郎・外務大臣)と会い「米軍駐留と基地を日本国憲法違反とした東京地裁判決」について話しあった。私は日本政府が迅速な行動をとり、東京地裁判決を正す事の重要性を強調した。私は、この判決が藤山が重視している安保条約についての協議に複雑さを生み出すだけでなく、4月23日の東京、大阪、北海道その他での極めて重要な知事選挙を前にした重大な時期に、国民の気持ちに混乱を引き起こしかねないとの見解を表明した。〉
当時、米国務省も国防総省も伊達判決にコメントするのは「不適切」とマスメディアに語っていたが、実際には、伊達判決の直後から密かに外交工作を行っていたことが、この秘密電報の文面から解る。
しかもマッカーサー大使は藤山外相に、論議が長引けば〈左翼勢力や中立主義者らを益するだけ〉と戒め、跳躍上告することを促している。これに藤山外相は〈全面的に同意〉。事実、この藤山外相とマッカーサー大使の面会からわずか3日後には跳躍上告が決まっている。
その日のマッカーサー大使から国務省への「秘」電報には、このように書かれている。
〈外務省当局者が我々に語ったところによると、法務省は近く最高裁に提出予定の上告趣意書を準備中だという。(中略)政府幹部は伊達判決が覆されることを確信しており案件の迅速な処理に向けて圧力をかけようとしている。〉この時点で「日本政府幹部が司法に「圧力」をかけていると、マッカーサー大使は外務省から聞かされている」という訳である。
しかし何故、まだ跳躍上告の準備中にも関らず政府は「伊達判決が覆されることを確信」していたのか。その背景は4月24日にマッカーサー大使が国務長官に宛てた「秘」 公電を見れば明らかになる。〈(判決の時期について)内密の話合で田中最高裁長官は大使に、本件には優先権が与えられているが、日本の手続きでは審理が始まった後、判決に到達する前に、少なくとも数ヶ月かかると語った。〉なんと最高裁での逆転判決の鍵を握る裁判長・田中耕太郎長官自らが、マッカーサー大使と「内密」に談合を行っていたのである。改めて言うまでもなく、評議による裁判中の情報は秘密にしなくてはならない(裁判所法第75条)。しかし田中裁判長は、その後もアメリカ側と度々、密会を重ね情報をリークしていたのだ。その漏洩内容は恐るべきものだ。同年8月3日に米大使館から国務長官宛てに発信された書簡が、その一部を物語っている。
〈共通の友人宅での会話の中で、田中耕太郎裁判長は、在日米大使館主席公使(引用者註:マッカーサー大使のスタッフだったウィリアム・K・レンハート公使のこと)に対し砂川事件の判決は、おそらく12月であろうと今考えていると語った。弁護団は、裁判所の結審を遅らせるべくあらゆる可能な法的手段を試みているが、裁判長は、争点を事実問題ではなく法的問題に閉じ込める決心を固めていると語った。
裁判長は、結審後の評議は実質的な全員一致を生み出し、世論を“揺さぶる”素になる少数意見を回避するようなやり方で運ばれることを願っていると付言した。〉
田中裁判長は、裁判の争点を直接的背景である日米安保条約における危険性の論議から逸らして法律解釈の問題に限定することで、速やかに結審を下す旨まで報告していたのである。
岸信介内閣が秘密裏に進めてきた安保改定の条約調印は60年1月19日。最高裁判決は59年12月16日に田中裁判長自身が言い渡している。安保改定の反対運動が盛り上がる前に「違憲判決」を覆しておきたかったのだ。しかもである。田中裁判長は判決1カ月前にもマッカーサー大使と密談し、その会話の中で伊達判決の明確な否定と米軍駐留に合憲判断によってお墨付きを与えることまで公言していたことが、米大使館から国務長官に宛てた極秘書簡によって明らかになっている。
〈田中裁判長との最近の非公式会談の中で、砂川事件について短時間話し合った。田中最高裁長官は、下級審の判決が支持されていると思っている様子は見せなかった。それどころか反対に、それは覆されるだろうと思っている印象だった。しかし重要なのは15人の内のできるだけ多くの裁判官が、ここに含まれる憲法上の争点につき裁定する事だという印象を私は得た。この点に伊達判事が判断を下したのは、全く誤っていたのだと彼は述べた。〉
更に驚くべき事は、外務省はアメリカ側に裁判で弁護団にどのように反論すべきかまで相談をしていることだ。この事について詳述しているのは、昨年発売された『検証・法治国家崩壊』(吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司/創元社)だが、同書によれば、最高裁での弁護側の答弁書には、日米安保による米軍の駐留と基地使用によって日本が直接関係のない武力紛争に巻き込まれる危険性が指摘されていた。これに対して検察側は、審理が不利にならぬよう、軍事行動のための基地使用の事実を否定する必要があった。そこで最高検察庁から弁護団の指摘を聞いた外務省は、マッカー サー大使に相談。米解禁文書から発掘された文書には〈ときに応じて日本の海軍施設を使うかもしれないが、日本の国内とその付近に配置された米軍とは見なされないし、日本を基地とするものではないということである〉という苦しい言い逃れが書かれている。また、こうした中でアメリカの国務長官の指示どおりに検察が虚偽の弁論を行ったこと等も「秘」公電によって判明しているのだ。このような密接なやりとりの果てに、田中裁判長は米軍の駐留を「違憲」とした伊達判決を覆した。
そう!全てはアメリカと、その顔色を窺う日本政府のために。事実、判決の翌日にマッカーサー大使は田中裁判長の〈手腕と政治的資質〉を激賞する「秘」公電を国務長官に送っている。これらはアメリカの情報自由法に基づいて開示された秘文書に記録されている、紛れもない“事実”だ。この公正ではないと明白になっている裁判の判決を、安倍首相は今「戦争法制」が「合憲」であることの根拠としているのである。もはや茶番劇のような展開だが、笑うに笑えないのは、当の安倍首相本人は「これで押し通せる」と信じていること。逆を言えば、それほど国民はバカにされているのだ。
ならば国民は突き返すべきだろう。「ふざけるな、お前のようなバカと一緒にするな」と。
*なお今後とも、本稿「『憲法審査会-違憲』後の動向」は随時、継続的に掲載します。
(民守 正義)
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