ピケティの「格差拡大」

ピケティの「格差拡大」

今、グローバルな「格差拡大」が叫ばれる中、その「格差拡大」のメカニズムを大著「21世紀の資本」を携えて、鮮やかに説明したトマ・ピケティ教授が注目を浴びている。
トマ・ピケティは、フランスの経済学者。政治的にはフランスの社会党に近い立場をとる。彼は「格差拡大」を資本主義の当然の法則としながらも、その是正として「分配」を置いている。だから彼は「私は悲観していない」という。そんなピケティの基礎的な理論部分だけでも学んで、「今後の経済展望」に生かしてみよう。

一 「21世紀の資本」-【「適正な格差」と「分配」】
《「21世紀の資本」簡単解説》
①世界的規模で長期的データを収集。
◎調査は15年間に及び、3世紀にわたる20カ国以上の税務統計データを利用している。特に、そのデータ収集や分析手法を編み出して公開したことで、世界30人以上の研究者と連携し「世界トップ所得データベース」(WTID)を構築した。
②フローの所得に注目し、富の独占を暴く。
◎最も裕福な上位1%の年間所得が「国民所得」のどれだけを占めているかを、データ上で暴いた。
◎1980年代以降、米国・英国でトップ1%シェアが上がっている(図、省略)。多額の報酬を得る「スーパー経営者」の存在がある。
◎特に第二次世界大戦後、水準は低下したものの、富の格差が減っていた訳でもなかった(図、省略)。しかも所得よりも富のシェアの方が高かった。
ピケティ曰く「トップ10%は、だいたい国富の60%以上を所有している」
③不等式r>gの発見。
◎「21世紀の資本」の核心は、「資本収益率(r)」が「経済成長率(g)」を常に上回る事を「実証した」ことにある。rは株式や預金、不動産等、あらゆる「資本」から得られる年間の割合(配当、利子、賃料等)を指す。gは、所得や産出(純生産)の年間増加率としている。
◎歴史的な検証の結果、税引き前のrは、ほぼ一貫して4~5%で推移してきたのに対して、gは最大でも4%未満だった(図、省略)。つまり労働賃金を増やすよりも、資本を多く持って、その一部を再投資(貯蓄)する方が富を増やし易い。
④【ストックである資本に注目;β=資本/所得】
◎ピケティは、年間の国民所得というフローだけでなく、ストックの資本から格差拡大のメカニズムを捉えた。すなわち過去の富の蓄積である資本が、年間の国民所得の何年分あるのか、その推移を調べた。そして欧州の「資本/所得比率(β)」を示し、第二次世界大戦後から資本の蓄積が進んでいることを明らかにした。
⑤【資本の蓄積に影響する要因;β=s/g(人口増加率+労働生産性上昇率)】
◎ここで経済学の理論を応用し、長期的には資本/所得比率(β)と「貯蓄率(s)/経済成長率(g)」とが均衡する等式を利用する。つまり分子のsが上がったり、分母のgが下がったりすれば、βが高まって資本の蓄積が進むという訳だ。
◎欧州では近年、sが安定している一方、人口減少や成長の鈍化によってgが下落傾向にある。(そのためβが上昇している。:図、省略)
⑥【富める者が富む構造;α=r×β】
◎最後に資本収益率(r)と資本/所得比率(β)を掛け合わせることで、国民所得に占める資本収益の割合、すなわち「資本分配率(α)」が求まる。もしrが下がらなければ、βの増加によってαが増えることがいえる。
◎そもそも国民所得とは「資本所得」と「労働所得」の合計である。βの増加で富の蓄積が進めば、所得に占める資本所得の割合が増し、その分だけ労働所得が減る。
◎つまり富の分配機能が偏り、富める者が益々、富むという格差拡大に繋がる。
◎実際、βが増加している欧州のαは1970年代以降、増加傾向にある(図、省略)。ピケティ曰く「増加を妨げる自己修正的なメカニズムはない」

<簡単まとめ「解決策は資本への課税」>
◆上記③~⑦のステップにより、資本主義自体に、資本収益率(r)と経済成長率(g)の関係から、格差が広がる構造(メカニズム)があることを明らかにした。
◆そしてピケティは指摘する。「格差の拡大は、相続(世襲)によって強化される」
〔そこで大胆な解決策の一つとして「世界で協調して、資本に対して累進的な課税を行うべきだ」という提言まで行っている。〕
■なお米国経済学者等を中心に「21世紀の資本」の中心理論「不等式r>g」による格差拡大メカニズムへの疑問や、日本でも「そんなに格差拡大しておらず、当てはまらない」と言った批判も出てきている。それに対しピケティは「このデータを叩き台にして皆さんも考えてみてください」というスタンス。
*私は、こういう自分の理論に固執しない「経済学者ピケティ」が好きだ。

二 「21世紀の資本」-【主要各国の反応】
○米国
米国は「世界に冠たる格差社会」。ピケティの「格差拡大メカニズム(不等式r>g)」に一定の疑問・批判もあるものの、他に打開策がある訳でなく、「ピケティ人気」は大ブームである。オバマ大統領は、キャピタルゲインと配当に対する最高税率を引き上げ、死亡時の資産譲渡のキャピタル課税を検討している等、ピケティが唱える「行き過ぎた格差拡大を防ぐ政治的関与」を実質的に実行しようとしている。
○英国
英国でも「格差拡大」は著しい。英国を代表するETSE100社のCEO(最高経営責任者)と一般従業員の年収格差は1980年では11倍だったが、現在では116倍に膨れ上がっている。それだけに「ピケティ;『21世紀の資本』」は注目を浴び、2014年の英国フィナンシャル・タイムズ/マッキンゼー賞を受賞した。
但しピケティの「世界で協調して、資本に対して累進的な課税を行うべきだ」との提言について「ある国が増税を行えば、先ずその国から資本の逃避が起きるので、誰も最初の一歩を踏み出したがらない」との批判もある。
○フランス
お膝元のフランスでは、ピケティが社会党の経済問題顧問を務めた事もあって、「21世紀の資本」が保守とリベラル間のイデオロギー的対立軸になっている。特にユーロ圏の中でも主導的役割を求められているフランスにとって、社会保障コストを大幅に削減することを迫られていること等と、相対してピロティが富裕層に所得税を引き上げる事等を提案している事のジレンマに悩まされている。
○韓国・中国
■韓国でも格差は拡大しているが、それは特権的十大財閥に集中しており、その封建的政経癒着風土の中では、ピケティの「格差解消政策」は至難である。
■中国では経済は資本主義なのに、ピケティの「格差拡大メカニズム」問題提起を「西側諸国の問題」と他人事のように認識している観がある、それでもピケティは問題指摘する。「中国では財務税収の透明性が不十分。もっと、たくさんの情報が公開されれば、最適な解決方法が見つけられる」
実際、韓国も中国も格差は拡大しており、ピケティの「21世紀の資本」の関心は高い。

四 まとめ
ピケティのアベノミクスの評価は「日本銀行中心の金融政策に頼りがち。何十億円もの紙幣を印刷するのは簡単だからだ」と、特定のセクターがバブル化して富が偏る危険性を指摘した。また「安倍政権と日本銀行が物価上昇を起こそうという姿勢は正しい」と述べ、2-4%程度の物価上昇なしに公的債務を減らすのは難しいと述べた。
但し2014年4月の消費増税には否定的で、景気後退につながったと述べた。
また「アベノミクスは格差を拡大する一方で、経済は低成長になるという最悪の事態に陥るリスクがある」と警告した。
ただピケティの基礎理論の進化のためにも、日本の格差拡大には「税制の変更や非正規雇用の増大といった別の要因によって引き起こされたもの」との独自事情も考慮しなければならないことを付言しておく。
最後に私がピケティ「21世紀の資本」に関心を持ったのは、要約すれば「適当な格差と、それに刺激される公正な競争は、むしろ当然の事。問題なのは過度の富の集中と実態のないバブル経済」そして「資本主義は自律的にコントロールする機能を持たず(無法状態になる)、法人税の累進課税等、政治的・政策的作用により是正すべき」と主張していることだ。リベラル派としては「経済と政治を結合した打開策」の大きなヒントとなる基礎理論として評価し、また勇気付けられる。ピケティ自身が言っているように今後、各国事情を考慮しながら、更に発展させるのがリベラル派の責任であろう。
(民守 正義)