「ムハンマド風刺画」に思う
「ムハンマド風刺画」に思う
本年1月7日、フランスの週刊新聞「シャルリ・エブド」が掲載した「ムハンマド風刺画」に抗議・反発したイスラム武装勢力(アルカイダ系)が「シャルリー・エブド」本社を襲撃し、当該新聞社関係者等12人を殺害した事件が起きた。当該「襲撃事件」自体は卑劣かつ惨忍で許せるものでないことは言うまでもない。
その事は明確に表明した上で、本事件に関る欧米諸国、及びマスコミ等の論調には違和感や「ちょっと違うんじゃないの~?」と感じる事も多少はある。
本稿では、その問題意識を紹介し、また違った角度から本事件を考えて頂きたい。
{フランス紙「シャルリ・エブド」襲撃事件を巡る私の問題意識}
先ず些細な問題意識から言うと、私は、私なりの理屈・必然性がない限り、安易に「テロ(テロリスト)」と言う言葉を使わない。従って「シャルリ・エブド」襲撃(テロ)事件から「テロ」の言葉を省略している。その理由は「テロリズム」の意味は、語源はフランス革命「恐怖政治」に由来し、その定義も今では様々で定まっていない。少なくとも最近では欧米諸国やマスコミ等が、「欧米諸国が先ず正義で、これに武力的に反発・抵抗すること」を「テロ」と称しているが、それ自体、独善的で曖昧定義と言わざるを得ない。私から言わすと、かつての米国のイラクへの「大量破壊兵器いちゃもん冤罪攻撃」も「国家的テロ」と言わざるを得ない。
もう一つは「『過激派』勢力」という言葉。確かに当該「襲撃事件」は手段として許されるものではないが、「過激派」という表現は欧米諸国の価値観を基調としていると思えてならない。それを言うなら、例えば今もイスラエルが行っている「パレスチナ-ガザ地区民間居住区へのミサイル攻撃・少年へのガソリンを飲まして焼殺」は「過激派以上に過激」で何故、国際社会・世論がイスラエルを「過激派」呼ばわりして集中批判しないのか解らない。だから私は「過激派勢力」と呼ばず「武装勢力」と呼ぶ事にしている。
<「ムハンマド風刺画」は、本当に「表現の自由」と言い切れるか>
先ず、預言者ム ハンマドについては、本年1月9日に掲載した「『イスラム武装襲撃』と西欧文化」で説明済みで簡略するが、要はイスラム教を開祖した軍事指導者、政治家であり、イスラム教全体として最後にして最高の預言者でありかつ「神の使徒」と崇拝されている。ましてや一般的には預言者ムハンマドの姿を描くこと自体も侮辱になるとされている。
そんなイスラム教の基本中の基本を、週刊新聞「シャルリ・エブド」が知らぬはずがなく、イスラム教徒の逆鱗に触れることは十分過ぎるほどに予想しながら「ムハンマド風刺画」を掲載し「表現の自由」との言い分は、あまりにも「自己中心的詭弁」と思うのは、私だけではないと思う。加えて週刊新聞「シャルリ・エブド」が掲載した「ムハンマド風刺画」の中には、テレビでは自粛しているが、相当に筆舌し難い下劣(例えば「預言者ム ハンマド」が裸で不恰好な姿になっている)な物もある。
もう、ここまでくれば「表現の自由」どころか、ヘイトスピーチと同様、「西欧文化のイスラム文化への蔑視・差別」である。
もしイスラム教徒が、イエス・キリストやエリザベス女王、ローマ法王の風刺画等を描いたとして、西欧人は、キリスト教徒は「表現の自由だから仕方ない」と容認できるだろうか。また他国の者が「日本-『天皇』」の侮蔑した風刺画を描いたら、殆どの日本国民が「表現の自由」では許さないだろう。
こうした「ムハンマド風刺画」に代表される西欧諸国の中にも「好ましくない」と警鐘を鳴らす方々もいる。フランスの人口学・歴史学・家族人類学者であるエマニュエル・トッドは本年1月11日、「テロは断固批判する」と言いつつも「シャルリー・エブド側の風刺も時代に合わないものである」と、フランスの雰囲気の中では、勇気ある苦言を呈した。またローマ法王は、当該事件を強く非難する一方、「『あらゆる宗教に尊厳』があり、何事にも『限度というものがある』」「他人の信仰について挑発したり、侮辱したり、嘲笑したりしてはいけない」、更に「言論の自由は権利であり、また義務でもあるが、他人を傷つけることなく表出されなければならない」と諭した。
更に教皇フランシスコは1月15日、「挑発してはいけません。他者の信じるものを侮辱してはいけません。そして信仰を茶化してはいけません」と言及した。
<改めて「表現の自由」とは何か>
当該「襲撃事件」勃発時、特にフランスは「表現の自由」を大切にする国民性であることを、マスコミ等で強調された。それは世界史的にも代表的な市民革命でもある「フランス革命(18世紀末期)に由来するもので、フランス革命が掲げた自由、平等、友愛の近代市民主義の諸原理は、その後の市民社会や民主主義の土台となった。そうした歴史的経過をもって「表現の自由」が守られているフランスでも、その自由は無制限ではない。特定の人を中傷することや差別的発言、戦争の犯罪を称賛することは法的に禁止されている。
しかし「表現の自由」や「言論の自由」等々の基本的人権も、全く自由ではなく、自ずと一定の制限があることは日本国憲法でも同様で、具体的には「『公共の福祉』に反しない限り」との制限を受ける。その意味ではヘイトスピーチも同様で、「ゴキブリ」等と相手(在日韓国・朝鮮人等)を罵ることが「言論の自由」の対象外であることは言うまでもなく、法的規制は当然に止むを得ないことである。
<再び「負の連鎖」を断ち切るために>
当該「襲撃事件」後の2月14日、デンマークの首都コペンハーゲンで「表現の自由に関する会合」が開かれていたカフェで市民1人が死亡、警官3人が負傷する発砲事件が起きている。また15日にもコペンハーゲンのユダヤ教礼拝所近くで発砲事件が起きている。
逆にフランス各地では「報復」ともみられる嫌がらせや暴力・発砲事件が数十件起きている。イスラム教徒やその関連施設などが標的となっており、特に酷い事件は、アラブ系の17歳の男子高校生が4、5人のグループに殴られ、また別の事件ではイスラム教徒の家族が乗った乗用車が銃撃された。更に夜中にモスクが放火されたり、その他、爆発事件や手投げ弾投げ込まれ銃撃された「報復事件」が頻発している。
またアフリカ各地で1月16日、シャルリー・エブドの「預言者ムハマンド風刺画」掲載に対する抗議デモが発生し、一部が警官と衝突した。特にニジェールではキリスト教会が襲撃され、フランスの文化センターが焼き討ちにあった。
このように「負の連鎖」が始まっており、事の発端はイスラム武装勢力の当該「襲撃事件」であるものの、その背景には既述のとおり「西欧諸国(文化)」の優越意識(他文化への侮蔑意識)」も払拭されなければ根本解決にはならないように思う。特に英国では第二次世界大戦戦勝国としての優越意識でもって、いまだに植民地を有していたり、フォークランドのように「実効支配」を続けていたりと、他国植民地支配の反省を聞いたことがない。でもいつか欧米諸国が、その「意識改革」のルビコン川を渡らないと「20世紀は冷戦構造の時代、21世紀は宗教対立の時代」になってしまう気がする。
日本も安陪総理の言う「有志連合と共にテロと闘う」と力まずに、逆に欧米諸国にもイスラム諸国にも「言いにくい事は言う」という気苦労をもってして、独自の「平和外交(窓口)路線」の道を歩んでもらえばと思う。
本年1月7日、フランスの週刊新聞「シャルリ・エブド」が掲載した「ムハンマド風刺画」に抗議・反発したイスラム武装勢力(アルカイダ系)が「シャルリー・エブド」本社を襲撃し、当該新聞社関係者等12人を殺害した事件が起きた。当該「襲撃事件」自体は卑劣かつ惨忍で許せるものでないことは言うまでもない。
その事は明確に表明した上で、本事件に関る欧米諸国、及びマスコミ等の論調には違和感や「ちょっと違うんじゃないの~?」と感じる事も多少はある。
本稿では、その問題意識を紹介し、また違った角度から本事件を考えて頂きたい。
{フランス紙「シャルリ・エブド」襲撃事件を巡る私の問題意識}
先ず些細な問題意識から言うと、私は、私なりの理屈・必然性がない限り、安易に「テロ(テロリスト)」と言う言葉を使わない。従って「シャルリ・エブド」襲撃(テロ)事件から「テロ」の言葉を省略している。その理由は「テロリズム」の意味は、語源はフランス革命「恐怖政治」に由来し、その定義も今では様々で定まっていない。少なくとも最近では欧米諸国やマスコミ等が、「欧米諸国が先ず正義で、これに武力的に反発・抵抗すること」を「テロ」と称しているが、それ自体、独善的で曖昧定義と言わざるを得ない。私から言わすと、かつての米国のイラクへの「大量破壊兵器いちゃもん冤罪攻撃」も「国家的テロ」と言わざるを得ない。
もう一つは「『過激派』勢力」という言葉。確かに当該「襲撃事件」は手段として許されるものではないが、「過激派」という表現は欧米諸国の価値観を基調としていると思えてならない。それを言うなら、例えば今もイスラエルが行っている「パレスチナ-ガザ地区民間居住区へのミサイル攻撃・少年へのガソリンを飲まして焼殺」は「過激派以上に過激」で何故、国際社会・世論がイスラエルを「過激派」呼ばわりして集中批判しないのか解らない。だから私は「過激派勢力」と呼ばず「武装勢力」と呼ぶ事にしている。
<「ムハンマド風刺画」は、本当に「表現の自由」と言い切れるか>
先ず、預言者ム ハンマドについては、本年1月9日に掲載した「『イスラム武装襲撃』と西欧文化」で説明済みで簡略するが、要はイスラム教を開祖した軍事指導者、政治家であり、イスラム教全体として最後にして最高の預言者でありかつ「神の使徒」と崇拝されている。ましてや一般的には預言者ムハンマドの姿を描くこと自体も侮辱になるとされている。
そんなイスラム教の基本中の基本を、週刊新聞「シャルリ・エブド」が知らぬはずがなく、イスラム教徒の逆鱗に触れることは十分過ぎるほどに予想しながら「ムハンマド風刺画」を掲載し「表現の自由」との言い分は、あまりにも「自己中心的詭弁」と思うのは、私だけではないと思う。加えて週刊新聞「シャルリ・エブド」が掲載した「ムハンマド風刺画」の中には、テレビでは自粛しているが、相当に筆舌し難い下劣(例えば「預言者ム ハンマド」が裸で不恰好な姿になっている)な物もある。
もう、ここまでくれば「表現の自由」どころか、ヘイトスピーチと同様、「西欧文化のイスラム文化への蔑視・差別」である。
もしイスラム教徒が、イエス・キリストやエリザベス女王、ローマ法王の風刺画等を描いたとして、西欧人は、キリスト教徒は「表現の自由だから仕方ない」と容認できるだろうか。また他国の者が「日本-『天皇』」の侮蔑した風刺画を描いたら、殆どの日本国民が「表現の自由」では許さないだろう。
こうした「ムハンマド風刺画」に代表される西欧諸国の中にも「好ましくない」と警鐘を鳴らす方々もいる。フランスの人口学・歴史学・家族人類学者であるエマニュエル・トッドは本年1月11日、「テロは断固批判する」と言いつつも「シャルリー・エブド側の風刺も時代に合わないものである」と、フランスの雰囲気の中では、勇気ある苦言を呈した。またローマ法王は、当該事件を強く非難する一方、「『あらゆる宗教に尊厳』があり、何事にも『限度というものがある』」「他人の信仰について挑発したり、侮辱したり、嘲笑したりしてはいけない」、更に「言論の自由は権利であり、また義務でもあるが、他人を傷つけることなく表出されなければならない」と諭した。
更に教皇フランシスコは1月15日、「挑発してはいけません。他者の信じるものを侮辱してはいけません。そして信仰を茶化してはいけません」と言及した。
<改めて「表現の自由」とは何か>
当該「襲撃事件」勃発時、特にフランスは「表現の自由」を大切にする国民性であることを、マスコミ等で強調された。それは世界史的にも代表的な市民革命でもある「フランス革命(18世紀末期)に由来するもので、フランス革命が掲げた自由、平等、友愛の近代市民主義の諸原理は、その後の市民社会や民主主義の土台となった。そうした歴史的経過をもって「表現の自由」が守られているフランスでも、その自由は無制限ではない。特定の人を中傷することや差別的発言、戦争の犯罪を称賛することは法的に禁止されている。
(実際の他国への差別発言に対する裁判例は甘いが-)
しかし「表現の自由」や「言論の自由」等々の基本的人権も、全く自由ではなく、自ずと一定の制限があることは日本国憲法でも同様で、具体的には「『公共の福祉』に反しない限り」との制限を受ける。その意味ではヘイトスピーチも同様で、「ゴキブリ」等と相手(在日韓国・朝鮮人等)を罵ることが「言論の自由」の対象外であることは言うまでもなく、法的規制は当然に止むを得ないことである。
<再び「負の連鎖」を断ち切るために>
当該「襲撃事件」後の2月14日、デンマークの首都コペンハーゲンで「表現の自由に関する会合」が開かれていたカフェで市民1人が死亡、警官3人が負傷する発砲事件が起きている。また15日にもコペンハーゲンのユダヤ教礼拝所近くで発砲事件が起きている。
逆にフランス各地では「報復」ともみられる嫌がらせや暴力・発砲事件が数十件起きている。イスラム教徒やその関連施設などが標的となっており、特に酷い事件は、アラブ系の17歳の男子高校生が4、5人のグループに殴られ、また別の事件ではイスラム教徒の家族が乗った乗用車が銃撃された。更に夜中にモスクが放火されたり、その他、爆発事件や手投げ弾投げ込まれ銃撃された「報復事件」が頻発している。
またアフリカ各地で1月16日、シャルリー・エブドの「預言者ムハマンド風刺画」掲載に対する抗議デモが発生し、一部が警官と衝突した。特にニジェールではキリスト教会が襲撃され、フランスの文化センターが焼き討ちにあった。
このように「負の連鎖」が始まっており、事の発端はイスラム武装勢力の当該「襲撃事件」であるものの、その背景には既述のとおり「西欧諸国(文化)」の優越意識(他文化への侮蔑意識)」も払拭されなければ根本解決にはならないように思う。特に英国では第二次世界大戦戦勝国としての優越意識でもって、いまだに植民地を有していたり、フォークランドのように「実効支配」を続けていたりと、他国植民地支配の反省を聞いたことがない。でもいつか欧米諸国が、その「意識改革」のルビコン川を渡らないと「20世紀は冷戦構造の時代、21世紀は宗教対立の時代」になってしまう気がする。
日本も安陪総理の言う「有志連合と共にテロと闘う」と力まずに、逆に欧米諸国にもイスラム諸国にも「言いにくい事は言う」という気苦労をもってして、独自の「平和外交(窓口)路線」の道を歩んでもらえばと思う。
(民守 正義)
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