「負けてもまだやる―橋下市長の労使対立」

「負けてもまだやる―橋下市長の労使対立」


この間、橋下大阪市長と職員及び職員団体との二件の労働裁判で、一定の法的判断が出た。一つは大阪市職員入墨調査問題、もう一つは組合事務所退去問題。どちらも橋下市長の敗北が明らかになったが、橋下市長は、共に大阪高裁へ控訴、そこで各々について、私なりに今時点での一定の評価・判断を行ってみよう。(詳細な事実経過等は省略)

{大阪市職員入墨調査問題}
<労使双方の主張の争点>
〔原告の主張〕
◎入墨がないことを上司に確認の上、「プライバシーの侵害」として回答を拒否したことによる懲戒処分と配置転換は不当。撤回を求める。
〔被告(橋下市長)の主張〕
◎多くの市民から入れ墨をした職員への苦情が寄せられていた。
◎調査や処分に問題はない。
<主な判決内容等>
  ①入墨の有無は、差別情報の収集に当り、個人情報保護条例が原則禁じている。
  ②全ての職員に回答を義務付けた調査は、同条例の例外規定に当てはまらず、懲戒処分と共に違法。
 ③配置転換も裁判を受ける権利の侵害で裁量権の逸脱や乱用している。
<判決への私見>
①公務員採用といえども、基本は「労使対等平等に基く労働契約(労働力の提供⇔賃金の支払い)の締結」である。従って「労使対等平等に基く労働契約内容」を上回る不当な要求・拘束等は認められない。
②原告は、入墨がないことを上司に確認の上で「プライバシーの侵害だ」として回答を拒否。従って業務上、支障がないことは確認されており、それ以上の回答を求めることは業務に該当し難く、業務命令違反→懲戒処分は不当。
③配置転換前には交通局長から再三にわたり、原告に訴訟を取下げるよう求めており、憲法で認められた「訴訟の自由」を侵害している。
<補足私見>
①橋下市長は、市民からの苦情があったとしても、その苦情の個別事情を把握しなければならず、安易にも全員に業務上、問題ない身体部分も含めて調査を行い、個別ケースを勘案せずに、総じて回答拒否者を懲戒処分したことは、使用者の管理権限の著しい乱用に当たる。懲戒処分を行うには、常に個別の懲戒内容と合理性の検証が求められる。
②一般的に労働相談の経験から、(強圧的に)訴訟を取り下げさせようと原告側に働きかけることは、より一層、感情的になって事態を混乱させることの方が多い。
③本件(大阪市職員入墨調査問題)は、労働法令でも基本的な事柄が争点になっており、被告(橋下市長)が控訴しても勝訴する可能性は、極めて少ない。

{組合事務所退去問題}
<労使双方の主張の争点>
〔原告(市労連)の主張〕
◎長年の組合事務所の貸与を認めず、退去させたことは不当。
〔被告(橋下市長)の主張〕
◎違法な政治活動を行う労働組合(職員団体)に組合事務所を貸与できない。
◎組合事務所を貸与するスペースが不足している。
<主な判決内容等>
 ①庁舎内の政治活動と組合事務所の使用が、直接的に結びつく関係にあるとはいい難い。
 先ずは労働組合に対して具体的行為について、申し入れすらしていない,
 ②市庁舎のスペースについては、スペー ス不足の数値自体疑問であり、労働組合への説明や協議もない。
 ③結論として、支配介入の不当労働行為と断ぜざるを得ない。
<判決への私見>
①地方公務員法第36条には具体的に政治的行為の制限が規定されている。
②一方、組合事務所の貸与については、労働組合法第7条第3項に、「使用者が労働組合に対する便宜供与」として認められている。
③地方公務員法第36条「政治的行為の制限」と労働組合法第7条第3項「使用者が労働組合に対する便宜供与-組合事務所の貸与」とは、法的関連性は何らなく、もし地方公務員法第36条「政治的行為の制限」に抵触する具体事実があれば、その具体事実に基き当該職員に懲戒処分を科せばよいことである。
④「組合事務所の貸与」で問題になるのは、同貸与に関る協定上の問題(期間等)や労働組合の団結権を侵害することを意図して同貸与を剥奪する場合等が考えられる。
⑤従って被告(橋下市長)の主張する「違法な政治活動を行う労働組合(職員団体)に組合事務所を貸与できない」は、何らの論理的整合性のあるものでなく、言わば単なる「ヤツアタリ」でしかない。
⑥市庁舎のスペース問題については、これまで具体的に問題・協議した経緯も根拠もなく、同貸与問題提起後の後付詭弁である。
⑦従って本件(組合事務所退去問題)もまた、労働法令でも基本的な事柄が争点になっており、被告(橋下市長)が控訴しても勝訴する可能性は、極めて少ない。
<補足私見>
①橋下市長は、そもそも労働法に関する知識が、公言内容の限りは相当に稚拙である。(司法試験では労働法は選択科目であるが-)大阪労働者弁護団所属弁護士等に橋下弁護士としての能力評価を問うても殆どが低い。
(政治家としての評価は、殆どがノーコメント)
②しかし橋下市長が、本当に労働法に関する知識が乏しいかどうかは、わからない。かつて「闘う日経連」という言葉があった。その意味は、いかに不当解雇や法令違反、不当労働行為であったとしても、日本の裁判制度は長く、控訴に控訴を積み重ねている内に、実質的に労働側が疲弊して、原職(現状)復帰が果たせず、せいぜい有利な和解条件で終息するだろうという目論見である。橋下市長が、そこまで計算づくかどうか?
③それにしても、何故ここまで大阪市の労使関係がガタついているのか。推測であるが、その一つは、橋下市長の労組嫌いと公務員嫌い。(連合も相当、お嫌いのようで)
もう一つは、大阪市長選挙の際に大阪市労連が平松前市長を(露骨に)応援したことの逆恨み。更に現業合理化の対象ともなる大阪市従業員組合や大阪市交通局労働組合にも特別な対策を考えているのか―。

{最後に}
 総じて大阪市労使関係が対立しているのはわかるが、その具体手法の中で、必要以上の入墨チェック、労使関係に関する職員のアンケート調査等、正当な業務命令の体をなしていない職員への人権侵害は止めてもらいたい。そもそも大阪市人事当局は、先述した「対等平等な労働契約」以上に職員に対して拘束・命令する権限はなく、思い上がらずに慎重に対応してもらいたい。これは大阪府人事当局も同様であるが―。
(別稿「今ならどう答える-大阪府人事当局の個人情報保護法違反(?)」参照)