リベラル国民の拡大・結集で憲法改悪阻止!(87)

《Ken Sway Kenと管理者の【緊急事態条項等、憲法改悪阻止】》

《70年前の衆院「排除」決議の重みを無視したデマゴギー:「教育勅語」の教材使用は問題》

 教育学の研修者らでつくる日本教育学会(会長・広田照幸日本大学教授)教育勅語問題ワーキンググループは、昨年12月12日、文部科学省に「教育勅語を肯定的に使用したりその理念を指導原理にしたりすることはできない」とする『教育勅語の教材使用問題に関する研究報告書』(同学会ホームページで公開)を出した。安倍内閣は昨年3月31日、教育勅語について「教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切」だが、「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」との見解を閣議決定した。文科省の藤江陽子大臣官房審議官も、閣議決定と同趣旨を述べつつ、教育勅語には「夫婦相和し、朋友相信じ等、今日でも通用するような普遍的な内容も含まれている」として「適切な配慮の下に活用していくことは差し支えない」(2017年2月23日衆議院予算委員会第一分科会)と述べた。文科省は「教育勅語の具体的使用状況は、学校設置者が指導監督する」と筆者の質問に答えた。試しに東京都と大阪府に教育勅語の指導に関する調査をしたり、通達等を出した事があるか聞いたが、都も府も「ない」と回答した。また都は「(昨年の)閣議決定をもって、教育勅語を教育における唯一の根本として位置付けられた戦前のような形で教育に用いることは不適切であることや、教育の場における教育勅語の活用を促す考えはないとの政府見解を踏まえつつ、憲法の基本理念や教育基本法の定める教育の目標等に基づいて、学校教育を推進していく」と回答。大阪府教育委員会も「教育勅語を唯一の価値観として教えるのはダメだが近現代史の資料として使うのは問題ない」と答えた。

<客観的根拠を欠く>

 同報告書の執筆者の一人である小野雅章日本大学教授は、藤江審議官の「普遍的な内容も含まれている」について、「間違い」と指摘する。教育勅語には12の徳目が挙げられているが、それらは全て戦争になったら「一身を捧げて皇室国家に尽せ」という最後の徳目にかかる。「このことは、1940年に教育勅語の解釈を確定した文部省(現文科省)の協議会でも確認されています。だから『夫婦相和し』等の徳目を最後の『皇室国家に尽せ』から分離することはできません」と指摘した。小野教授によれば、教育勅語は1890年に明治天皇の名で出されたが、作成に関わった井上毅は明治憲法でも「臣民」の良心の自由に干渉しないとの原則が認められていたので、その原則との整合性に気を配り、苦肉の策として大臣の副署のない勅語(天皇が直接国民に呼びかける言葉)の形にしたという。
 だが、その後保守的な官僚らによって御真影(天皇皇后の写真)と共に学校の奉安殿に格納する等の教育勅語の権威付けが行なわれ、ついには原爆が落とされても、広島工業専門学校(広島大学工学部)は生徒の安全より御真影の無事を文部大臣に報告したというような倒錯した事態になった。「教育勅語は天皇制教化の『装置』でした。今の入学式卒業式の国旗国歌の強制も同じ」と小野教授は言う。また同報告書の執筆者の一人である中嶋哲彦名古屋大学大学院教授は、これまでも教育勅語問題は国会で取り上げられてきたが、昨年の第193国会では延べ43もの会議で取り上げられ最多となっただけでなく、政府答弁も「一般論として教育勅語を教材として使用することが認められる」とまで述べ、「従来と異なる」と指摘する。その上で、「唯一の指導原理でなければ教材として使ってもよい」との政府見解について中嶋教授は、1948年に衆議院で教育勅語について「指導原理的性格を認めない」と宣言、「排除」が決議されており、同年参議院でも「失効」が確認されているなどの歴史的事実を無視しているとし、「客観的根拠を欠いたデマゴギー」と批判している。(週刊金曜日)


《【人間性欠如】陸自ヘリ墜落:事故の被害者に心ない非難・沖縄の米軍機トラブルでは冷酷な失言も》

 佐賀県神埼市で5日に起きた自衛隊ヘリ墜落事故で、家を失った住人がネット上で罵声を浴びている。沖縄で相次いでいる米軍ヘリの不時着や部品落下の事故では「それで何人死んだんだ!」と国会でヤジが飛んだ。基地の傍で不安を抱えて生きる人々への想像力が、失われかけていないか。「許せないとか何様」「イースター島にでも越しとけ」
 自衛隊ヘリが墜落した際、家に一人でいた11歳の女児は軽傷で奇跡的に難を逃れた。
 翌日、父親の「許せないですよね」というコメントが新聞で報じられると、ツイッター上に非難の投稿があふれた。<は?許せないとか何様?墜落して亡くなった隊員の事考えねーのかよ><わざと落ちた訳じゃないと思うし、許せないの意味が分からん>
<わからんでもないが、死ななかっただけいいじゃないか><「許せないですよね」じゃねーよ。イースター島にでも越しとけ><平和ボケも過ぎたものだ。先ずは国のために死んでしまった人を追悼でしょ>:これらを批判する声も投稿されている。<人の心はないのか?><自分の家に落ちてきても、同じことが言えるのか>
 中には有事の際に批判が封殺される可能性を示唆する意味深長な投稿もある。
<時の権力者の判断で自衛隊員の生命が失われるような事案が起こっても、自衛隊員が死んでいるのだぞ、自衛隊批判とは何事か、黙れ、と言われるだろう>

<亡くなる間際に「ハトポッポ」>

 戦後、本土でも沖縄でも軍用機墜落に巻き込まれ住民が死亡した例は多数ある。
 横浜市で1977年9月27日、米軍厚木基地を離陸した偵察機が住宅地に墜落した事故では、土志田和枝さん(事故当時26歳)と3歳の長男裕一郎ちゃん、1歳の次男康弘ちゃんの母子3人が自宅で全身火傷を負い、子供2人は間もなく死亡。和枝さんも治療の末、4年4カ月後に亡くなった。偵察機の乗員2人はパラシュートで脱出して無事だった。
 「お水をちょうだい。ジュースをちょうだい」。裕一郎ちゃんは全身に包帯が巻かれ、病院のベッドで苦痛を訴え続けたが、次第に衰弱。最後に声を振り絞って「バイバイ」と言い、息を引き取った。同じ病院で治療を受けていた康弘ちゃんも、家族の懸命の呼びかけに口をかすかに動かした。「ポッポッポー、ハトポッポー」。お風呂で父親に教わったばかりの童謡。間もなく兄の後を追った。母の和枝さんは一命を取りとめたが、皮膚移植手術は60回を超えた。治療に専念してもらう配慮から1年4カ月間、子供達の死を知らされなかった。「心配でいても立ってもいられない」。当時の和枝さんの日記には、この世にもういない息子達を案じる思いが綴られていたという。横浜市中区の「港の見える丘公園」に、母が2人の子を抱く「愛の母子像」がある。和枝さんの死から3年後の85年、父勇さんが市に掛け合って設置された。

<黒焦げの児童を長椅子で運ぶ>

 米軍基地の集中する沖縄で数々起きている住民巻き添え事故の中でも、とりわけ悲惨な記憶として語り継がれているのが、本土復帰前の59年6月30日、石川市(現うるま市)の宮森小学校に戦闘機が墜落した事故だ。児童11人を含む17人が死亡し、210人が重軽傷を負った。
 ミルク給食の時間中だった。「爆発のような衝撃音と共に校舎が大地震のように揺れ、間もなく炎と黒い煙が立ち上りました。校内は蜂の巣をつついたようなパニック状態になり、黒焦げになった男の子が長椅子に乗せられて運ばれていきました」。
 事故当時、同校の5年生だった佐次田満さん=うるま市=は、事故から約60年たった今もなお、惨状が目に焼き付いているという。宮森小の事故を伝える活動に取り組むNPO法人「石川・宮森630会」会長の久高政治さんは言う。「事故の遺族や目撃者は今も6月30日が近づくと動悸で眠れなくなる。60年経っても恐ろしさにおののいています」

<沖縄ではあわや大惨事の連続>

 沖縄では近年、米軍機の事故やトラブルが頻発している。2016年12月に名護市沖で垂直離着陸輸送機オスプレイが落下し大破した。17年10月には東村の牧草地にヘリが不時着して炎上。その2カ月後の12月には、宜野湾市の普天間第二小学校の校庭にヘリの窓枠(約90センチ四方、重さ約7.7キロ)が落下した。今年に入ってからも、既に3件のヘリ不時着が起きている。住民に死傷者は出ていないが、名護市沖でオスプレイが大破した現場は集落まで約800メートルの距離だった。窓枠が落下した際には校庭に約60人の児童がおり、一番近くの児童との距離は僅か約10メートル。一歩間違えれば大惨事になりかねなかった。
 更に今年2月9日、うるま市伊計島の大泊ビーチで、オスプレイの部品が海に浮いているのが見つかった。右エンジン空気取り入れ口のカバー(カーボン製)で、縦約70センチ、横約1メートル、幅約65センチで重さは13キロ。
 ビーチで清掃活動をしていた男性が見つけ、日本側への報告はなかったという。
 「それで何人死んだんだ!」という国会でのヤジの主は松本文明副内閣相だ。
 1月25日の衆院本会議で、共産党の志位和夫委員長が代表質問をしている最中だった。
 2015年10月~16年8月には副内閣相として沖縄・北方問題も担当していた。
 松本は翌26日、安倍(独裁)首相に「誤解を招く発言でご迷惑をかけています」と陳謝し、副内閣相を辞任した。だが内実は、首相と菅義偉官房長官が協議し更迭を決めたとされる。松本の事務所はマスコミ取材に「コメントすることはない」としている。

<失言史上で例を見ない冷酷さ>

 ヤジは、裏返せば「誰も死んでいないので問題ではない」とも受け取れる。
 「救いようがない。その冷酷さは政治家の失言史に残る」。松本のヤジを、こう表現するのは、政治評論家の森田実さんだ。辞表を出させる体裁をとった政府についても、森田さんは「少なくとも辞任を認めるのではなく、罷免すべきだった。対応が甘い」と指摘する。
 「昔なら議員辞職に至ったはずだが、自民党内からの怒りの声が少なく、そうなっていないことがまた深刻です」横浜市で墜落事故を語り継ぐ活動を続けている同市緑区の斎藤真弘さんは、ヤジについて「ショックを受けています」と話す。「過去の死亡事故について認識がなかったのなら国会議員としていかがなものかと思うし、認識があった上での発言ならもっと問題です」沖縄・宮森小の墜落事故を生き延びた佐次田さんも言う。
 「沖縄担当を務めた人の発言とは思えず、怒りを通り越して開いた口がふさがらない。 国会議員失格でしょう」。そしてこう続けた。「宮森小の事故の後も米軍機墜落で多くの沖縄県民が亡くなっている。本土復帰から40年以上経ちましたが、基地が集中し、米軍機が頭上を飛び交う危険な状況は変わっていません。このことをきちんと理解している政治家が、本土にはどれだけいるのでしょうか」宮森小の悲劇を語り継ぐ久高さんも「米軍機が墜落するかもしれない恐怖の中で暮らす人達の気持ちを考えてほしい」と話す。

 墜落事故被害者へのツイッター上の非難や、国会でのヤジには、そんな人々への想像力、共感が決定的に欠けている。久高さんはそう思えてならない。(基本文献-毎日新聞)
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